院長 若林敦(わかばやしあつし) プロフィール
整体師を目指したきっかけ
こんにちは、腰痛専門整体師の若林です。
私は以前、肩こりと腰痛に常に悩まされていました。そのときは治す方法がわからず、「いつか治るだろう」と痛いのをごまかしながら日常生活を続けていました。しかし、日に日に痛みが強くなりついに体の限界が来て強い痛みがでるようになりました。
友人に相談したところ「すごい先生がいるから紹介するよ」と、ある気功の先生を紹介してもらいました。私がこの道に進むきっかけとなった気功の先生です。
その先生の治療を通して、健康面だけでなく生き方、感謝の心を教わり、自分もそういう生き方をしたいと思い、治療家の道に進みました。
サーフィンと整体に共通する重要ポイント
私はプロのサーファーという一面もあります。サーフィンは、『いかにサーフボードから落ちないで波に乗り続けることが出来るか?』が重要なバランススポーツです。
この【バランス】というキーワード、整体で症状を回復させる、症状を再発させないという重要なポイントに繋がるとは思いもしませんでした。
プロサーファーから整体師へ
20代はプロサーファーになることが目的でした。まともな定職に就いたこともなく、ひたすらサーフィンに打ち込み周りからは変わり者と思われていたのではないでしょうか。人材派遣、アルバイトを続け、気が付けば30歳になっていました。
そのとき思っていたのは、「今更会社員は出来ない。雇われの身ではプロ活動する為に好きな日に休みを取ることが出来ない。」
もう一つの理由は、体の不調を訴えているサーファー仲間が多いことに気付いたことです。40歳以上の先輩方は腰痛や膝痛で海に来なくなってしまうことが多かったのです。
もし誰かが整体を出来れば、その先輩方が大好きなサーフィンをずっと続けることが出来るし、自分の体を理解すれば一生サーフィンが出来ると希望を持ちました。
間違えてしまった整体学校選び
痛みで困っている仲間を助けられる整体師になりたいと思って整体学校を探すわけですが…。
まず知ってほしいのが整体には大きく分けて二種類、慰安型と治療型があります。気持ちよく揉んであげる慰安型整体、症状の回復を目的とする治療型整体が存在するということです。
私は腰痛や膝痛などの解消が出来る整体師になるという事が目的で整体業界に飛び込んだのですが、何も知らずに安いからという理由で整体学校を選んだ結果、まさかの慰安整体の学校に入学してしまい、出だしからつまずいてしまいました。
慰安型から治療型へ
慰安型整体では型通りの施術しか教えてもらえず教えてくれる先生も体の知識も生徒と変わらない状態でした。
せっかく習った技術を活かす道はリラクゼーションくらいなもので、2年間リラクゼーションのお店で働きました。その店の指名ナンバーワンを取り続けられたのですが、自分の目指す道とは明らかに違うと感じていました。
このままではいけないと思い一念発起。本物の治療型と言われる整体学校に入学し今の技術の基礎を得ました。
その技術の基礎で重要なのは、カラダのバランスを日常整え、生活の中での負担を少なくするというところ。ここがすべての回復の基礎になるということです。
そして、学校在学中に開業するということになりました。
開業後の分岐点『東日本大震災』
開業1年目、ようやく仕事も軌道に乗りかけた時にあの東日本大震災が起こりました。ここが仕事の分岐点となったことは間違いありません。
地震発生後の1ヶ月間は仕事がほとんどありませんでした。1日の施術回数が1人~2人、これでは家族を養うことが出来ない!店を畳むことも考えました。この時期は本当にきつかった…。
震災後の大変なときに来ていた来院者さんは重度の腰痛と言われる腰椎椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症の方々でした。
「先生の所に来るとカラダが良くなっていくがわかる、お願いします。」と言っていただき、落ち込んではいられないと思いました。それならば、その方たちに全力を尽くそう!と必死に勉強をし、今の【腰痛専門】という整体院が出来上がりました。
更なる進歩を目指して
それから年月が経ちますが、今でも毎月東京の勉強会に出向き、最新の情報や仲間との回復症例の共有をすることで更なる進歩を続けています。